Such an ordinary scene
モンサンミッシェルにて 14.

モンサンミッシェルの長い歴史の中には
「海のバスティーユ」と呼ばれた時代がある。
「バスティーユ」 はパリにある監獄の名。
モンサンミッシェルが監獄として使われ始めたのは
ルイ11世の時代からだそうだが、
特にフランス革命後、パリのバスティーユ が陥落した後
モンサンミッシェルが刑務所となったらしい。
フランス革命から1863年までの70年間に
14,000人もの囚人が収容されたという。
刑務所化した修道院内に食糧を運ぶために設置したのが
ご覧の大車輪で、この場所はかつては 修道僧の納骨堂 だったらしい。

現在設置されている大車輪は中世の昇降機を復元したもので
この車輪の中に囚人(4人とも6人とも言われている)を入れ
南側斜面のほぼ垂直な梯子から囚人の人力によって
荷物を引き上げたのだそうだ。

南側斜面の梯子。
写真の中心よりやや左下に長く上下しているのがそれ。
大階段 を上り切った踊り場の真下辺りにあって
遠くからでもはっきり見ることができる。
|2015.08.04(Tue) |パリ旅行記 |
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